平田オリザ氏講演会を行いました

2016年3月20日に、「演劇が人を育てるということ」と題した平田オリザ先生の講演会をうきは市民センターで行いました。
嫩葉会の活動を、宮沢賢治など大正期に見られる農民の文化活動に寄せ、地方都市における街づくりはどうあるべきかについて、多くの事例や考察を交えながらお話しいただきました。たいへん充実した内容で、参加者はそれぞれの自分の生活に重ねながら多くの示唆を受け、同時に勇気づけられていました。
平田先生のお話は、以下のような内容でした。

□自己紹介
・劇作家、演出家をするのが一番の仕事で、いろいろな国の人とも作品を作ったりしている。また、戯曲が翻訳されて世界中で演じられている。
・大阪大学で教員をしている関係で、マツコロイドを作ったことで有名な石黒博先生とロボット演劇を作っている。
・小学校、中学校の国語の教科書を作る仕事をしていて、年間30校くらい授業を実施している。

□宮沢賢治の「農民藝術概論綱要」から
・宮沢賢治は「職業芸術家は一度亡びねばならぬ 誰人もみな芸術家たる感受をなせ 個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ 然もめいめいそのときどきの芸術家である」と、農民一人ひとりが芸術家にならなくてはならないということを書いている。
・これは1926年に書かれたものだが、それに先立つこと3年、1923年に嫩葉会が生まれている。たいへん先駆的な活動だった。大正の時代にこういった農民の芸術活動が広がっていることについて考えていきたい。

□社会における芸術の役割(アートマネージメント)
・1)芸術そのものの役割:芸術そのものには心を慰めたり、励ましたり、勇気づけたり、死や病に立ち向かわせたり、あるいは親しい人の死を乗り越えさせたりする役割がある。これらはずっと先の時代にも影響するものであり、今停止すると、先の時代で困ることになる。
・2)コミュニティ形成や、維持のための役割:どんな未開の集落に行ってもお祭りとか芸能とか概して演劇の起源と考えられるものが存在しており、人類の営みとともに生まれている。東日本大震災後、地域芸能が復活したところほど合意形成が早かった。ただし、現代の生活に合ったものでないと継続しない。
・3)教育・観光・経済・福祉・医療など、直接社会に役に立つ役割:目に見えて役立つもの。最近では認知症の予防にダンスや音楽が用いられている。
・このうち、3)ははっきりと直近でやらなくてはならないもの、2)は10年、20年単位で地域として取り組まなければならないもの、1)は人類のためにやらなければならないもの。各自治体は予算が限られているので、バランスよくやっていく必要がある。

□いま、地方都市に起きていること
・地方都市の風景が画一化している。国道があって、バイパスがあって、バイパスの脇に大きなショッピングセンターができて、中心市街地はどんどんどんどん寂れている。しかしショッピングセンターは「無邪気に出店し、無邪気に退店する」。退店すると何も残らなくなる。
・どんな地方にいても利便性を享受できるようになったが、それと引き換えに鎮守の森のような空間や、伝統芸能や神話を継承する時間を失ってきたのではないか。
・床屋、銭湯、駄菓子屋はかつてコミュニティスペースであったが、地方の商店街では真っ先になくなっていく。これらは情報ステーションであり、子どもたちの見守り機能、すなわち無意識のセーフティネットとして機能していた。

□市場原理は辺境ほど荒々しく働く
・市場原理に従うと、辺境ほど、在庫のコストと流通のコストがかかるので、売れるものしか置かなくなり、即効性のない文化的なものは手に入れられない。
・”売れるもの+売れなくても文化を育むもの”で成立していた商店街の店舗は、”売れるもの”を中央資本に奪われており、文化を育んできた小さな店舗が成立しなくなっている。
・図書館のように公共が守らないと、売れないものは失われる一方となっている。

□若者の居場所を作りにくい地方都市
・地方都市ほど若者の居場所が固定化して閉塞化している。
・地方都市の土着性が「成功の筋道は一つで、そこから外れてしまうとなかなか元に戻れない」という構図を生み出しがち。

□教育にも地方間格差が生まれていく
・東京のエリート校では、一流大学に何人入ったかではなく、大学に入ってからも学びのモチベーションが持続するような授業をする、ということを売りにし始めている。
・大学入試改革でも、そのことを測る試験に切り替えようとしている。
・これからの大学入試は、レゴで巨大な艦船をつくる、ディスカッションドラマをつくる、など、共同作業における役割分担や各人の能力が問われる試験になっていく。単なるロジカルシンキング、単なるクリティカルシンキングではなく、どんな状況に置かれてもちゃんと能力が発揮できるかという試験が行われていく。
・簡単に検索できる現代では知識の量だけを問うても意味がない。大学では学びの共同体を作る場所であり、その中での役割が求められる。

□共に学ぶ仲間を選ぶための試験で求められるのは個人の持つ文化資本
・今の言葉で言うと、地頭(じあたま)を問うような試験であり、長い準備期間を要することになる。
・これらの文化資本を育てるためには本物に触れさせるしかないが、文化に触れる環境という意味では、東京は圧倒的に有利。かなり地域間格差がある。

□街づくりの失敗が犯罪を誘発し、社会不適応を生む
・渋谷の例、また少年犯罪の事例をみても、若者や社会的弱者の居場所を作らなかったことで、街をスラム化し、犯罪を誘発していることがわかる。
・子どもに学校以外の居場所がないために、学校での関係がすべてになってしまっている。
・重層性のない社会は大人にも子どもにも生きづらい、息苦しい社会である。

□新しい広場をつくること、そしてそこではたくさんのメニューが必要
・現代社会に合った、市場原理ともどうにかして折り合いのつく、新しい広場を作っていくことが必要。劇場、音楽ホール、スポーツ施設、図書館など、各人が立ち寄りやすい施設が新しい広場になっていく。
・そこでは「居場所と出番」という関係をつくり、社会参加を促していく。価値観が多様化している現代では、たくさんのメニューを用意する必要がある。
・経済活動からすると出会うはずのない人を出合わせる仕掛けをつくることが大事。

□社会包摂:一人ひとりが社会とつながっていることが社会のリスクやコストを減らす
・引きこもりや孤独死に見られるように、人が孤立していくと、社会的なリスクやコストが増えることになる。
・アクセスしやすい文化資源を提供することで社会とつながりやすくなる。

□緩やかにつながる新たな共同体-関心共同体-の必要性
・現代は、これまでの地縁血縁による共同体(ゲマインシャフト)、企業などの利益共同体(ゲゼルシャフト)では繋がりを維持できなくなっている。
・趣味や関心によって繋がっている緩やかな共同体をもう1個作ることで、安全弁になる。

□地域の観光資源としての文化の活用
・観光は、リピーターを生む同心円状の集客を目指すことがカギとなる。ディズニーランド、大阪の天神橋筋商店街のように地域の人がリピーターになっている所が成功している。
・人々の興味はお金をかける博覧会ではなく、参加型の博覧会へ、そして博覧会から芸術祭に移行している。瀬戸内国際芸術祭のように国際性と地域性を両立させている所が成功している。
・金沢21世紀美術館やウイーンのように、ナイトライフが健全で楽しめるものを用意すると、宿泊につながる。
・1回見れば終わり、にしないためには参加型のメニューをたくさん用意する。青森の「はっち」はとても成功している事例。
・まちなかにあり、文化施設を含む複合施設になっていると、皆がアクセスしやすく、家族もそれぞれが楽しめるものになる。
・アーティスト・イン・レジデンスといって、芸術家の宿泊施設を整備することで世界中のアーティストが訪れている、城崎アートセンターのような事例もある。

□観光資源を生み出す人材の育成が重要
・ラベンダー畑による集客を参加体験型のアイテムによってリピートにつなげた富良野は、そのようなアイテムを生み出すことこそが重要だと知っている。
・ブランドイメージの確立が経済的な余裕を生み、人材育成に投資するという好循環をうんでいる。

□文化の自己決定能力がないと街づくりに失敗する
・自分たちの文化を見極められず、中央のディベロッパー任せにしたために、巨額の負債を負った自治体も存在する。
・文化資本の差によって、グローバル資本は地方から収奪していく。
・文化の自己決定能力を育てるのは個人の文化資本であり、ソフトの地産地消を実現するために、付加価値を生み出す人材の育成が必要。
・公共事業が地域を潤す時代ではない。また、投資に責任を持つという意味で、自分たちの身銭を切る覚悟も必要。

□大正デモクラシーは、江戸時代の中央集権に地域が気づいた時代
・宮沢賢治はこうも書いている「かつて我らの師父たちは、貧しいながらかなり楽しく生きていた。そこには芸術も宗教もあった。今や我らにはただ労働や生存があるばかりである。宗教は疲れて近代科学に置換され、しかも科学は冷たく暗い」。
・大正時代、米本位制によって貧しさを強いられた東北に代表されるような、中央集権が生んだ社会の疲弊に気づき始めた。
・宮沢賢治をはじめとする当時の地方文化人は、その中で感じた希望や絶望の中から、文化の自己決定能力を農民たちが持たない限り、本当の意味で農民の幸せはないと考えたのではないか。そのため全国に同時多発的にこのような農民の文化活動が生まれたのではないか。
・うきは市が持っているこの貴重な文化遺産を活かし、これをもう一度現代に合った形で再興していくことが、これからの街づくりには重要。

質疑
Q)ロボットのような感情も意思もないものに、どうやって演出するのか。
A)日頃から人間の俳優にも、具体的な指示を出していたので、手法は同じだった。

Q)建築をつくることにも社会的な意義はみられるのか、また、演劇の専門家なのにまちづくりに関わられているのはなぜか。
A)街づくりや人口減少対策では出会いの仕掛けを作ることが大事だと思っており、そのための場所を作ることは建築や都市計画の問題でもあると思っている。これは演劇を専門としているために、人と人との関わりを重要視する傾向があるためで、後の質問にもつながるかと思う。また、演出家は舞台の上だけでなく、その前後の空間まで考えている。空間をデザインする仕事という点では建築家も演出家も似たような作業をしている。あとは、たまたまこうなっているとしか言いようがない。

Q)地方にいても若者が夢を実現できる仕組みがつくれないだろうか。
A)Iターン者が多い地方都市では、アートによって人を引き付けている事例が多くみられる。アートが盛んなところは、開かれていて寛容だというイメージがあり、都市民が移住しやすい。雇用がないから若者が地方に住まない、と思われがちだが、雇用だけがあっても魅力的でない街には住みたがらない。雇用は必要だが、それだけではなく、夢を持てる魅力的なものを作る必要がある。また東京標準を目指していると、東京がいい、ということになり、出て行ってしまう。世界を相手にする街を作っていけるかが生き残れるかの分かれ目になるだろう。

-以上-