棚田まなび隊2016第4回活動

5月22日、棚田まなび隊4回目の活動を行いました。12名の隊員が集まり、いよいよ田植えの日を迎えました。3枚の棚田へ、機械を使わず全て手作業で植えていきます。
この日は棚田を守る会の諌山さんと米川さんが指導してくださいました。諌山さんは、農業指導員としての経験がある方です。親植え、子植えの役割分担があった昔ながらの田植えの仕方から、整然と植えるための道具の使い方、苗のつかみ方・植える適切な深さまで丁寧に指導してくださいました。

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▲守る会の諌山さん。直角定規と等間隔に玉が付いた2本のロープを使って、植える位置を決めます。

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▲人差し指と中指で苗を4,5本挟み、「苗が倒れない範囲でできるだけ浅く」植えるのがコツだそうです。

説明を聞いたまなび隊員は、1枚目の田んぼに張られたロープに沿って横に並びました。ロープを引っ張る両側の人の合図で、一斉に苗を植えていきます。特に2枚目の田んぼは面積が広くて時間がかかりましたが、午前中で3枚中2枚の田んぼの田植えを終えることができました。

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▲2枚目の田植えの終盤。田んぼの形に合わせて、必要なロープの長さは徐々に短くなっていきます。

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▲植え終わった田んぼ全体を眺めると、改めて達成感が湧いてきました。

昼食を取ったあと、最後の1枚の田植えを行いました。守る会の方々は他の田んぼの草刈り作業の予定があったため、午後はまなび隊員だけでの作業となりました。 3枚目は最も不整形な田んぼですが、まずは最も長い直線が取れる位置にロープを張りました。それを基準に植え手が水平移動していくことで、効率的にかつ整然と苗を植えることができるそうです。

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▲3枚目の不整形な田んぼの、植え付けの基準となったロープ。

田んぼの面積に対して人数が少なかったものの、無事この日のうちに3枚全ての田植えを終えることができました。これから夏の季節を迎えると、稲だけでなく雑草も勢いよく生長します。次回の活動は、草取りの予定です。

文:前野眞平
写真:九州大学菊地研究室

棚田まなび隊2016第3回活動

5月15日、棚田まなび隊3回目の活動を行いました。8名の隊員が集まり、つづらの学習田の畦塗りと、分田地区で畑づくりをしました。
畦塗りは、田んぼの水が漏れないように田んぼの縁を塗り固める作業です。この日指導してくださったのは、守る会の堤さんと樋口さん。畦塗りには田んぼの土を塗りこめる方法と畦シートを張る方法の2種類があり、土で固める場合はさらに機械と手作業の2種類があるそうです。今日は、まなび隊の田んぼ3枚の畦を手作業で塗り固めました。

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▲数日前に機械で畦塗りをした後の畦道。触ると非常に固かったです。

まず、畦塗り用の鍬で畦を切って、土を塗り固めるラインを作ります。そこへ田んぼの泥を鍬で持ち上げて盛り、鍬の裏面を使って固めていきます。水を多く含んだ泥は非常に重く、持ち上げるのには予想以上に力が必要でした。守る会の方々も仰ってましたが、畦塗りは米作りの中で一番大変な作業のようです。休憩時間を挟みながら、なんとか午前中に3枚の田んぼの畦を塗ることができました。

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▲堤さん、樋口さんによる畦塗り指導。まなび隊員一人一人にアドバイスをくださいました。

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▲水は畦の下部から漏れやすいので、下から上へ塗っていくことがコツだそうです。

午後は、昨年活動を行った分田地区に場所を移して作業を行いました。ここでは、現在耕作されていない1枚の田んぼを、畑として利用させていただいています。まなび隊の活動は多くても月に3回ほどしかないため、お世話にあまり手間のかからないカボチャ、枝豆、モロヘイヤの3種類を育ててみることにしました。

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▲田んぼの後の畑仕事。野菜の成長を願って、耕した土に肥料も鋤き込みました。

あらかじめ設計してきた畝の形をもとに、鍬やスコップを使って全部で5つの畝を作りました。枝豆とモロヘイヤは苗を入手できなかったため、種から苗を育てて次回以降の活動で現地へ植え付ける予定です。
この日は1日を通して重労働が続きましたが、その分作業後の達成感は大きいものでした。
次回はいよいよ、田植えの予定です。

文:前野眞平
写真:九州大学菊地研究室

棚田まなび隊2016第2回活動

5月1日、棚田まなび隊が今年2回目の活動を行いました。晴れ渡る空の下、隊員とそのご家族合わせて21名がつづら山荘に集まりました。島副隊長からの挨拶の後、自己紹介を行い、作業に取りかかりました。

今回の作業は、棚田に水を引き込むための竹樋づくりです。棚田は小さな田の集まりなので、その1枚1枚に水を送るための仕掛けとして竹樋を使います。田植え前のこの時期にそれを設置します。今回、まなび隊の学習田で使うための竹樋を作成しました。そして、せっかくなので、この出来たての竹樋を使ってそうめん流しをすることにしました。

まず、竹の切り出しを行いました。今回、つづら山荘近くの山の竹を使わせていただきました。竹を支える人、ノコギリで切る人に分かれ、チームプレーで竹を切り出していきます。周囲に気を配りながら、慎重に竹を運び出していきました。

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▲竹の切り出し。力のいる大変な作業です。

次に切り出した竹を半分に割っていきました。竹の中心にナタを当て、金槌で叩きながらナタを入れ、ある程度割れたら竹を押し上げて一気に割っていきます。その後は、水が流れるようにするため、竹の節を金槌で叩いて割っていきました。

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▲竹を半分に割っていきます。真ん中で切れるように回転しながら調整します。

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▲竹の節を取り除いていきます。

お昼には完成した竹樋を使って、そうめん流しを行いました。余った竹で器をつくり、みんなで美味しくいただきました。

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▲竹樋を使ったそうめん流し。体を動かしたあとの食事は格別です。

途中、研究室の学生が「棚田を守る会」について説明をさせていただき、守る会の会長さんからも棚田の維持についてのお話をしていただきました。その後、守る会の皆さんにウド採りに連れて行ってもらいました。

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▲守る会会長の堤さんから活動についてのお話をしていただきました。

最後は竹樋を田んぼへと運び、つづら山荘に戻った後、15時頃の解散となりました。次回の活動では、畦塗りと分田の畑の野菜植え付けを行う予定です。

文:丸山千尋
写真:九州大学菊地研究室

棚田まなび隊2016第1回活動

4月24日、棚田まなび隊の今年1回目の活動が行われました。今年で3年目になる棚田まなび隊は、これまで新川地区の本村集落、分田集落と毎年場所を替えながら、田んぼの立地や規模によって異なる稲作を学んできました。今年お世話になる場所は、江戸期から続く壮大な風景が広がる、日本棚田百選のひとつ「つづら棚田」です。

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▲今年の活動の場「つづら棚田」。この中の4枚を棚田まなび隊がお借りしています。

あいにくの天候ではありましたが、この日は11名の隊員が集まりました。うきは市役所の方が刈り払い機を9台準備してくださり、隊員は基本的な使い方を教わりました。他の作業者と十分に距離を保つことや、草に隠れた石垣などに刃が当たって起こるキックバックに気をつけることなどの安全面から、刈り払い機の最適なポジションや刈った草を道路側に飛ばさないコツまで、草刈りひとつでも気をつけるべきことはたくさんあるようです。その後隊員は、畦の草刈りチームと道路脇の草刈りチームに分かれて、1時間ほど草刈りを行いました。

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▲棚田まなび隊副隊長の挨拶から、今年の活動が始まりました。

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▲うきは市ブランド推進課地域振興係の高山さんによる、刈り払い機の使い方講習。

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▲道路脇の草刈り。夏になると草の生長は勢いを増します。

皆で昼食を取った後は、この日予定されていた道路愛護の活動に参加しました。葛篭集落をはじめ新川地区全体の住民が皆で道路や水路を清掃する活動です。
2時間ほどお手伝いをした後、おまけでたけのこ掘りやわらび・ふきの採集まで体験でき、16時頃の解散となりました。次回の活動予定は、田んぼの水を調整する竹樋づくりです。

文:前野眞平
写真:九州大学菊地研究室

平田オリザ氏講演会を行いました

2016年3月20日に、「演劇が人を育てるということ」と題した平田オリザ先生の講演会をうきは市民センターで行いました。
嫩葉会の活動を、宮沢賢治など大正期に見られる農民の文化活動に寄せ、地方都市における街づくりはどうあるべきかについて、多くの事例や考察を交えながらお話しいただきました。たいへん充実した内容で、参加者はそれぞれの自分の生活に重ねながら多くの示唆を受け、同時に勇気づけられていました。
平田先生のお話は、以下のような内容でした。

□自己紹介
・劇作家、演出家をするのが一番の仕事で、いろいろな国の人とも作品を作ったりしている。また、戯曲が翻訳されて世界中で演じられている。
・大阪大学で教員をしている関係で、マツコロイドを作ったことで有名な石黒博先生とロボット演劇を作っている。
・小学校、中学校の国語の教科書を作る仕事をしていて、年間30校くらい授業を実施している。

□宮沢賢治の「農民藝術概論綱要」から
・宮沢賢治は「職業芸術家は一度亡びねばならぬ 誰人もみな芸術家たる感受をなせ 個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ 然もめいめいそのときどきの芸術家である」と、農民一人ひとりが芸術家にならなくてはならないということを書いている。
・これは1926年に書かれたものだが、それに先立つこと3年、1923年に嫩葉会が生まれている。たいへん先駆的な活動だった。大正の時代にこういった農民の芸術活動が広がっていることについて考えていきたい。

□社会における芸術の役割(アートマネージメント)
・1)芸術そのものの役割:芸術そのものには心を慰めたり、励ましたり、勇気づけたり、死や病に立ち向かわせたり、あるいは親しい人の死を乗り越えさせたりする役割がある。これらはずっと先の時代にも影響するものであり、今停止すると、先の時代で困ることになる。
・2)コミュニティ形成や、維持のための役割:どんな未開の集落に行ってもお祭りとか芸能とか概して演劇の起源と考えられるものが存在しており、人類の営みとともに生まれている。東日本大震災後、地域芸能が復活したところほど合意形成が早かった。ただし、現代の生活に合ったものでないと継続しない。
・3)教育・観光・経済・福祉・医療など、直接社会に役に立つ役割:目に見えて役立つもの。最近では認知症の予防にダンスや音楽が用いられている。
・このうち、3)ははっきりと直近でやらなくてはならないもの、2)は10年、20年単位で地域として取り組まなければならないもの、1)は人類のためにやらなければならないもの。各自治体は予算が限られているので、バランスよくやっていく必要がある。

□いま、地方都市に起きていること
・地方都市の風景が画一化している。国道があって、バイパスがあって、バイパスの脇に大きなショッピングセンターができて、中心市街地はどんどんどんどん寂れている。しかしショッピングセンターは「無邪気に出店し、無邪気に退店する」。退店すると何も残らなくなる。
・どんな地方にいても利便性を享受できるようになったが、それと引き換えに鎮守の森のような空間や、伝統芸能や神話を継承する時間を失ってきたのではないか。
・床屋、銭湯、駄菓子屋はかつてコミュニティスペースであったが、地方の商店街では真っ先になくなっていく。これらは情報ステーションであり、子どもたちの見守り機能、すなわち無意識のセーフティネットとして機能していた。

□市場原理は辺境ほど荒々しく働く
・市場原理に従うと、辺境ほど、在庫のコストと流通のコストがかかるので、売れるものしか置かなくなり、即効性のない文化的なものは手に入れられない。
・”売れるもの+売れなくても文化を育むもの”で成立していた商店街の店舗は、”売れるもの”を中央資本に奪われており、文化を育んできた小さな店舗が成立しなくなっている。
・図書館のように公共が守らないと、売れないものは失われる一方となっている。

□若者の居場所を作りにくい地方都市
・地方都市ほど若者の居場所が固定化して閉塞化している。
・地方都市の土着性が「成功の筋道は一つで、そこから外れてしまうとなかなか元に戻れない」という構図を生み出しがち。

□教育にも地方間格差が生まれていく
・東京のエリート校では、一流大学に何人入ったかではなく、大学に入ってからも学びのモチベーションが持続するような授業をする、ということを売りにし始めている。
・大学入試改革でも、そのことを測る試験に切り替えようとしている。
・これからの大学入試は、レゴで巨大な艦船をつくる、ディスカッションドラマをつくる、など、共同作業における役割分担や各人の能力が問われる試験になっていく。単なるロジカルシンキング、単なるクリティカルシンキングではなく、どんな状況に置かれてもちゃんと能力が発揮できるかという試験が行われていく。
・簡単に検索できる現代では知識の量だけを問うても意味がない。大学では学びの共同体を作る場所であり、その中での役割が求められる。

□共に学ぶ仲間を選ぶための試験で求められるのは個人の持つ文化資本
・今の言葉で言うと、地頭(じあたま)を問うような試験であり、長い準備期間を要することになる。
・これらの文化資本を育てるためには本物に触れさせるしかないが、文化に触れる環境という意味では、東京は圧倒的に有利。かなり地域間格差がある。

□街づくりの失敗が犯罪を誘発し、社会不適応を生む
・渋谷の例、また少年犯罪の事例をみても、若者や社会的弱者の居場所を作らなかったことで、街をスラム化し、犯罪を誘発していることがわかる。
・子どもに学校以外の居場所がないために、学校での関係がすべてになってしまっている。
・重層性のない社会は大人にも子どもにも生きづらい、息苦しい社会である。

□新しい広場をつくること、そしてそこではたくさんのメニューが必要
・現代社会に合った、市場原理ともどうにかして折り合いのつく、新しい広場を作っていくことが必要。劇場、音楽ホール、スポーツ施設、図書館など、各人が立ち寄りやすい施設が新しい広場になっていく。
・そこでは「居場所と出番」という関係をつくり、社会参加を促していく。価値観が多様化している現代では、たくさんのメニューを用意する必要がある。
・経済活動からすると出会うはずのない人を出合わせる仕掛けをつくることが大事。

□社会包摂:一人ひとりが社会とつながっていることが社会のリスクやコストを減らす
・引きこもりや孤独死に見られるように、人が孤立していくと、社会的なリスクやコストが増えることになる。
・アクセスしやすい文化資源を提供することで社会とつながりやすくなる。

□緩やかにつながる新たな共同体-関心共同体-の必要性
・現代は、これまでの地縁血縁による共同体(ゲマインシャフト)、企業などの利益共同体(ゲゼルシャフト)では繋がりを維持できなくなっている。
・趣味や関心によって繋がっている緩やかな共同体をもう1個作ることで、安全弁になる。

□地域の観光資源としての文化の活用
・観光は、リピーターを生む同心円状の集客を目指すことがカギとなる。ディズニーランド、大阪の天神橋筋商店街のように地域の人がリピーターになっている所が成功している。
・人々の興味はお金をかける博覧会ではなく、参加型の博覧会へ、そして博覧会から芸術祭に移行している。瀬戸内国際芸術祭のように国際性と地域性を両立させている所が成功している。
・金沢21世紀美術館やウイーンのように、ナイトライフが健全で楽しめるものを用意すると、宿泊につながる。
・1回見れば終わり、にしないためには参加型のメニューをたくさん用意する。青森の「はっち」はとても成功している事例。
・まちなかにあり、文化施設を含む複合施設になっていると、皆がアクセスしやすく、家族もそれぞれが楽しめるものになる。
・アーティスト・イン・レジデンスといって、芸術家の宿泊施設を整備することで世界中のアーティストが訪れている、城崎アートセンターのような事例もある。

□観光資源を生み出す人材の育成が重要
・ラベンダー畑による集客を参加体験型のアイテムによってリピートにつなげた富良野は、そのようなアイテムを生み出すことこそが重要だと知っている。
・ブランドイメージの確立が経済的な余裕を生み、人材育成に投資するという好循環をうんでいる。

□文化の自己決定能力がないと街づくりに失敗する
・自分たちの文化を見極められず、中央のディベロッパー任せにしたために、巨額の負債を負った自治体も存在する。
・文化資本の差によって、グローバル資本は地方から収奪していく。
・文化の自己決定能力を育てるのは個人の文化資本であり、ソフトの地産地消を実現するために、付加価値を生み出す人材の育成が必要。
・公共事業が地域を潤す時代ではない。また、投資に責任を持つという意味で、自分たちの身銭を切る覚悟も必要。

□大正デモクラシーは、江戸時代の中央集権に地域が気づいた時代
・宮沢賢治はこうも書いている「かつて我らの師父たちは、貧しいながらかなり楽しく生きていた。そこには芸術も宗教もあった。今や我らにはただ労働や生存があるばかりである。宗教は疲れて近代科学に置換され、しかも科学は冷たく暗い」。
・大正時代、米本位制によって貧しさを強いられた東北に代表されるような、中央集権が生んだ社会の疲弊に気づき始めた。
・宮沢賢治をはじめとする当時の地方文化人は、その中で感じた希望や絶望の中から、文化の自己決定能力を農民たちが持たない限り、本当の意味で農民の幸せはないと考えたのではないか。そのため全国に同時多発的にこのような農民の文化活動が生まれたのではないか。
・うきは市が持っているこの貴重な文化遺産を活かし、これをもう一度現代に合った形で再興していくことが、これからの街づくりには重要。

質疑
Q)ロボットのような感情も意思もないものに、どうやって演出するのか。
A)日頃から人間の俳優にも、具体的な指示を出していたので、手法は同じだった。

Q)建築をつくることにも社会的な意義はみられるのか、また、演劇の専門家なのにまちづくりに関わられているのはなぜか。
A)街づくりや人口減少対策では出会いの仕掛けを作ることが大事だと思っており、そのための場所を作ることは建築や都市計画の問題でもあると思っている。これは演劇を専門としているために、人と人との関わりを重要視する傾向があるためで、後の質問にもつながるかと思う。また、演出家は舞台の上だけでなく、その前後の空間まで考えている。空間をデザインする仕事という点では建築家も演出家も似たような作業をしている。あとは、たまたまこうなっているとしか言いようがない。

Q)地方にいても若者が夢を実現できる仕組みがつくれないだろうか。
A)Iターン者が多い地方都市では、アートによって人を引き付けている事例が多くみられる。アートが盛んなところは、開かれていて寛容だというイメージがあり、都市民が移住しやすい。雇用がないから若者が地方に住まない、と思われがちだが、雇用だけがあっても魅力的でない街には住みたがらない。雇用は必要だが、それだけではなく、夢を持てる魅力的なものを作る必要がある。また東京標準を目指していると、東京がいい、ということになり、出て行ってしまう。世界を相手にする街を作っていけるかが生き残れるかの分かれ目になるだろう。

-以上-

 

棚田まなび隊2016 隊員募集のお知らせ

棚田まなび隊では、地元の方に農業について教わりながら棚田の仕組みや稲作の知恵と知識を学ぶ、という活動を行います。
浮羽の棚田のことや、1年を通したお米づくりについて、私たちと一緒に学びませんか。

日々の活動、連絡についてはフェイスブックで報告しています。
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←こちら

応募資格
田んぼや稲作について学ぶ意欲のあること、一緒に知恵を出し合い汗をかけること。地元の農家の方々に指導してもらいますので、まったくの初心者でも構いません。

会費 〔保険料、農機具賃料等を含みます〕
大人: 4000円/人
学生: 2000円/人

ビジター:1000円/回

活動日
以下を予定しています。天候や生育状態により変更する場合があります。

内容
第1回 417田起こし・草刈り
 4(24)予備日
第2回 51竹樋づくり・ソーメン流し
第3回 515代掻きor畦塗り
第4回 522田植え
第5回 65草取り
第6回 619草取り
第7回 73草取り・電柵設置
第8回 724草取り
第9回 87草取り・畑の収穫祭
第10回 828草取り・竹伐り出し
第11回 925稲刈り・掛け干し
第12回1016←15脱穀
第13回116←13収穫祭

活動時間
毎回10:00〜15:00

集合場所
つづら棚田駐車場(福岡県うきは市浮羽町新川つづら)

その他
・農作業ができる服装で来てください。長そでシャツ、長ズボン、長靴、農作業用手袋、帽子などがおすすめです。農作業道具はこちらで用意いたします。
・お子さんの参加も可能ですが、農作業には危険を伴う場合がありますので、必ず保護者が監督してください。
・参加者全員を対象に、活動団体で傷害保険に加入します。
・現地までの交通費、食費は自己負担です。必要に応じて昼食をご持参ください。
・活動の連絡は、浮羽まるごと博物館ホームページ、Eメールで行います。
・天候や稲の生育状態により、日程や活動内容を変更する場合があります。あらかじめご了承ください。
・取れたお米は、会費に応じて分配します。(※ビジターへの分配はありません)
・活動への申し込みで収集した個人情報は、棚田まなび隊活動の連絡および傷害保険への加入のためのみに使用し、それ以外の目的には使用しません。
・活動時の写真及び映像は、ホームページや広報物等に掲載することがあります。お望みでない場合はあらかじめお申し出ください。

申込み方法
以下に記入の上、送信してください。
うまく送信できない場合は、お手数ですが以下へメール送信お願いいたします。 ukiha.maruhaku@gmail.com

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