棚田まなび隊の第9回活動を行いました

7月6日、前回から約1ヶ月ぶりに、棚田まなび隊の第9回目の活動が行われました。今回は、第3回棚田教室として、10年前に本村集落に移り住んで農業を営まれている米川さんにお話を伺い、昼からは伝統的な農耕儀礼であるサナブリが熊抱さんのお宅で催されました。

棚田教室は新川公民館で行われました。米川さんは、移住する前、会社に勤めながらずっと田舎暮らしがしたいと考えていたそうです。初めて新川を訪れ、石積みの棚田を見たときに、棚田を築き長い間守ってきた人々の営みに感動したのだとおっしゃっていました。実際に住んでみて、自然に囲まれた環境や、美しい景観に癒され、農作業の節々にも感動があるといいます。今後は、この地域を守るため、農業に携わる移住者や地域外からの支援者が継続的に関われるような仕組みづくりに取り組みたいとおっしゃっていました。隊員たちは、メモをとりながら米川さんの話を熱心に聞いていました。

その後,みんなで田んぼの様子を見に行きました。隊員は、成長した稲を見て「ひと月でこんなに伸びるのか」と喜びを口にしていました。

昼からは、熊抱さんのお宅でサナブリの催しがありました。サナブリは、田植えが終わったあとに、田の神様へ感謝する催しです。この地域では、「さなぼり」と言うそうです。田の神様は、春の時期になると山から里方へ降りてきて、田植えが無事終えるのを見守り、その後山へかえっていくといいます。昔は、田植え後みんなでご馳走を食べてお祝いしていたそうです。今回は、「サナブリをして親交を深めてはどうか」と熊抱さんからお話をいただき、ご厚意で開催することになりました。

ご馳走の準備には、熊抱さんの奥さんのほかに、ご親族の方々も駆けつけてくださいました。お祝い事の際には、決まって松竹梅の押し型で酢飯を型どっていたという話を聞き、珍しい道具に隊員たちも興味津々でした。「この松竹梅の酢飯を食べるのが、子供の頃は楽しみだった」と熊抱さんが懐かしそうに話していました。また、12月ごろに各集落で執り行われる山ノ神まつりも農耕の神様へ感謝する祀りで、そのような伝統的な祭礼がこの地域には残っているというお話がありました。隊員たちは、昔の暮らしや神社での催しなどの熊抱さんの話に耳を傾けながら、食事を楽しんでいました。

隊員たちは、米川さんの話を通して、農業を営みながら地域で暮らすことの意味を知り、サナブリを通して、伝統的な農耕文化に触れることができ、また少し地域への理解が深まったように思います。

レポーター:赤司小夢(九州大学菊地研究室)
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棚田まなび隊の第8回作業を行いました

6月8日に、棚田まなび隊の第8回目の農作業が行われました。今回はようやくたどり着いた田植え作業です。朝10時に20名が集まりました。

最初に皆でラジオ体操をして、心身共に準備を整えてから田んぼへと向かいました。
この日、田んぼにはイデからの水が届いていました。前回の畦塗り作業のときはまだ水が届いておらず、ポンプを使って川から水を汲み上げていましたが、2日前にようやくこの田んぼにも水が届いたそうです。

まなび隊では第4回目の活動で箱苗づくりを行い、隊員が各自で持ち帰り1ヶ月ほど育てていました。苗を植える前に、育てた苗を並べて成長具合を見比べました。育てた人によって苗の様子はいろいろでしたが、どの苗も植えられる程度に育っていました。緑色の濃さはそれぞれ違っていて、長さは10㎝~20㎝と幅がありました。田んぼの持ち主の熊抱さんによると、箱苗は水のやりかたによって育ち方がずいぶんと変わるそうです。隊員たちは育ち方がこんなに違うのかと、意外に感じているようでした。

田植えは手作業で行いました。田んぼの長辺に平行に田植え縄を張り、縄に沿って一列に並び、苗を植え付けます。一列植える度に縄を等間隔に平行移動させていくことで、全体に均等に植えることができます。
隊員たちは田植えの最中も自分たちで育てた苗の様子が気になるようで、「この苗は短いけどちゃんと育つかな」「この苗は根がしっかり張っているな」などと語り合いながら植えていました。

作業は2時半ごろに完了しました。2枚の田んぼを植えるには想像していた以上に時間がかかりましたが、隊員たちは達成感を味わっていました。
田植え後の約1週間は水量が安定しないため、熊抱さんが毎日数回田んぼに出てきて水の調整を行って下さるそうです。隊員たちは感謝の意を伝え、この日の作業を終えました。

レポーター:佐々木悠理(九州大学菊地研究室)

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棚田まなび隊の第7回作業を行いました

6月1日、棚田まなび隊の第7回目の活動が行われました。今回は13名の隊員が参加し、2枚の田んぼの畦塗りを行いました。

畦塗りは、田んぼの水が外へ流れ出てしまわないように畦を土で塗り固める作業です。当初は、まなび隊の活動日までにイデから水を引き、田んぼに水を張った状態で代掻きと畦塗りをする予定でした。しかし、イデの水をまなび隊の田んぼに引けるようになるまでもう少し時間がかかるとのことで、今回は田んぼの持ち主である熊抱さんが、この日に合わせて川の水をポンプで引き上げて田んぼに水を張り、事前にトラクターで代掻きをしてくださっていました。

棚田は勾配のある地形に沿って築かれており、平地の田んぼに比べると水が漏れやすいため、畦塗りは特に大切な作業です。作業を始める前に、熊抱さんから畦塗りの手順を教わりました。鍬(くわ)で田んぼの土を取り、鍬の背を使って土を畦に押し付けるように塗っていきます。「畦の根元を強く固めるのがポイントだ」と実演しながら説明してくださいました。それが終わると隊員たちも散り散りになって畦塗りを始めましたが、実際にやってみるとなかなか上手くいきません。苦戦している隊員は、熊抱さんや地元農家の方に指導をしていただきました。

始めは塗る土の量や形が人によって様々でしたが、次第に要領をつかんでいき、2時間ほどで2枚の田んぼの畦を塗り終えました。畦塗りは、稲作の中で最も大変な作業だといわれますが、腰を痛がる隊員の様子がそれを物語っていました。

レポーター:前野眞平(九州大学菊地研究室)

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棚田まなび隊の第6回作業を行いました。

5月25日に、棚田まなび隊の第6回目の活動が行われました。今回は天満隊長が不在だったため、梶原隊員が隊長代理を務めました。また、まなび隊のメンバー9名に加えて、九州電力の相撲部4名、柔道部3名、ラグビー部3名がボランティアとして参加しました。

梶原隊員が参加者に作業内容を説明し、今回のまなび隊の活動が始まりました。
当初はこの日に代かき・畦塗りを予定していましたが、前回イデ浚いをした田代イデの水量が十分でないため、イデの最下流に位置するまなび隊の田にはまだ水が届いていません。そのため、代かき・畦塗りは行えず、土砂出しと土のう積みによる畦づくりの作業を行いました。

九州電力の運動部の方々は、まだ土砂が堆積している田んぼの土砂出しを行いました。作業の前には、熊抱さんから、表土を残し川砂や土砂のみを田んぼから出すコツが丁寧に説明されました。力自慢の運動部の方々によって土砂がみるみる運び出され、土砂出し作業は一日で完了しました。この田んぼの田起こしは持ち主の熊抱さんがされるそうで、前に土砂出しを行った分と合わせてまなび隊が耕作する田んぼは2枚となりました。

以前、土砂出しをした田んぼの上流側は水害により耕作に必要な表土が流れ出てしまい、稲を植えることができません。そこで、田んぼに水を溜めるために、耕作可能な部分と不可能な部分の境界に土のうで畦を作りました。また、耕作不能な部分の一部を土留めして農小屋の用地を造成する作業も併せて行いました。

最後は土砂出し作業を終えた九州電力の運動部が土地の造成に加わり、チームワークの良さを発揮して、土のうによる土留めから用地を平らにする作業までを行い、造成を完成させました。

いよいよ田んぼに水を入れる準備が整ってきました。
無事に田んぼが水で満たされ、田植えが行えるといいですね。

レポーター:吉田優子(九州大学菊地研究室)

 

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 第5回活動記録← 

 

棚田まなび隊の第5回作業を行いました。

5月18日に、棚田まなび隊の第5回目の農作業が行われました。今回は、灌漑用水路「イデ」を掃除・点検する「イデ浚い」の作業に、まなび隊メンバーも参加させていただきました。

朝8時に、農家の方々8名、隊員16名が集まりました。作業に取り掛かる前にまず、熊抱さんより、イデは複雑な地形に沿って引かれているため足元に気をつけること、草刈り機を使っている人とは一定の距離を置くこと、この時期はマムシが多いので注意することなど、イデ浚いをする上での注意事項について話がありました。

農家の方々は、自前の草刈り機で水路脇に生えている草を手際よく刈っていきました。隊員たちはそのあとにつづいて、鎌や鍬を使って水路に入りこんだ草や土砂を掻き出していきます。このイデは「田代イデ」と言い、年に2回ほど田代イデを利用する農家が集まって整備しているそうです。イデは稲作をする上で大事な灌漑施設であり、イデ浚いは田んぼに水を行き亘らせるために欠かせない作業です。昼前までに、1.5km程あるイデのほとんどの掃除を終えました。想像以上に重労働で、隊員からは「この作業をいつも8人でやっているのか」と驚きの声があがっていました。

昼食後、現地での第1回棚田ワークショップを行いました。集落を歩きながら天満隊長に棚田の水利システムについて解説してもらいました。イデや竹樋などの仕組みや、それによってつくり出される風景についてのお話がありました。

午後からは、谷川の上を渡している鉄橋部分の工事が行われました。水害により谷川を横切っていたイデが流されたため、農家の方々で仮設の鉄橋を設置したのですが、水の流れが悪かったそうです。そこで、鉄橋の中に通していたパイプの代わりにガルバリウム鋼板を差し込み、流れを改善することになりました。重機が入れるような場所ではないため、工事はすべて手作業で行われました。イデ沿いに歩いてガルバリウム鋼板を運び、足場の悪い鉄橋の上に乗って、慎重に工事が進められました。隊員は、田んぼに水を引くために、命懸けで工事にあたる農家の方々を目の当たりにし、イデに水を流すことがいかに大変な作業なのか実感しました。

鉄橋の工事に加え、昨年補助的に使っていた谷川から水を取るためのパイプを、隊員も手伝って再設置しました。ところがこれも、パイプが波打っていたり繋ぎ目から漏れていたりしてうまく流れていきません。何度かやり直して、やっとの思いで水が流れはじめ、喜ぶ隊員たちを見て農家の方々も嬉しそうにしていました。

今回は、「イデ浚い」を通して、田んぼの水を確保するためには大変な苦労があることを学びました。イデの掃除から工事まで一日掛かりで行われましたが、熊抱さんは、これでもすべての田んぼへ十分に水が行き亘るのかわからないとおっしゃっていました。改めて水害の被害の大きさ、棚田を維持していくことの難しさを感じました。

レポーター:赤司小夢(九州大学菊地研究室)

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 第4回活動記録←                                    →第6回活動記録 

棚田まなび隊の第4回作業を行いました。

5月6日に、棚田まなび隊の第4回目の農作業が行われました。
回を重ねるごとにメンバーが増え、今回は隊員と地元の協力者の方々、合わせて29名が参加しました。

午前中は、箱苗づくりの種まきを行いました。前回の作業では、種もみの消毒、催芽(種もみを発芽させること)について学び、各自で種もみを持ち帰って実践しました(詳しくは【棚田まなび隊第3回作業】をご覧ください)。今回は箱苗づくりの第二段階として、発芽させた種もみを苗箱にまく作業です。

前回に引き続き、田んぼの持ち主の熊抱さん夫婦が中心となって教えてくださいました。まずは床土を敷きつめた苗箱を15箱つくりました。芽が出るまでの水分を土に含ませるため、水をたっぷりとまきます。それから、種もみを手でまいていきました。種もみは、均等に芽が出るように、まんべんなくまくことが重要です。隊員たちは丁寧に種まきをしている途中で、高い位置からまくのがいいこと、板枠を使うと端まで均等にまきやすいことを教わりました。

種まきを終えたら、土をさらに上から被せ、軽く水をまいて完了です。各自で苗箱を持ち帰り、田植えの時期までの約1ヶ月間、苗を育てます。
まなび隊では、米づくりについて学ぶために、種もみや箱苗を持ち帰って育てる企画にしています。毎日の世話や水やりも、学ぶべき大切なプロセスです。

午後からは、熊抱さんが宮司を務められている高御魂神社を見学しました。神社について、千百年を超える歴史があること、現代では維持管理が難しいが何とか守っていきたいと思っていること、など話してくださいました。地域住民の方々が頷きながら話を聞く一方で、地域外から参加している隊員は、初めて聞くことに関心を高めていました。

今回の活動では、米づくりに加えて地域の歴史について学ぶことができ、地域を知るいい機会となりました。

レポーター:佐々木悠理(九州大学菊地研究室)

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